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風俗博物館の写真

  • 6:かさねの色目6
    平成21年3月24日
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2017年1月16日 (月)

【娘と】殿の上は裳の上に小袿をぞ着たまへる【京都・嵐山】

細長の撮影が終わり場所を譲っていただいて
次は私の番がキタワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*・゜゚・* !!!!!

Koutigi3_5
緋の長袴に濃萌黄の単、萌黄の五つ衣に白の表着。
先に裳を付けていただき、
一番上に着せてもらったのは唐衣ではなく…


殿の上は裳の上に小袿をぞ着たまへる。
      枕草子 二六〇段「関白殿二月二十一日に」
                    (新潮日本古典集成)

P1140759
中宮定子の母、関白藤原道隆の北の方である高階貴子の
積善寺供養の際の着こなしでございます。

平安時代の小袿は袿を裾短く仕立てたもので、
裳唐衣の女房装束…いわゆる十二単に次ぐ準正装として
主人格の女性が重ね袿の上に着ていました。
時には、この積善寺供養の際の高階貴子のように
小袿を唐衣の代替として使用する事もありました。

※この緑(青)の衣は時代やさんでは通常、
 袿(表着)として使われていますが、
 丈が特に短いので今回は小袿として着せてもらいました。


P1140766

中宮定子以下4人の貴子の娘たちが
正装の裳唐衣姿(女房装束)だったのに対して
母親の貴子は少しラフな裳に小袿の姿でした。
道隆はこのありさまを見て
「三位の君(貴子)、宮(定子)の御裳脱がせたまへ。
このなかの主君は、わが君(定子)こそおはしませ…」

中宮定子に裳(おそらく唐衣も)を脱いでいただくよう
貴子に指示しています。
平安時代は偉い人ほどラフな格好でOK、
逆に言うと身分の低い者は貴人の前に出る時は
ちゃんと正装しなければならないという服装感覚でしたから、
母親とはいえ、天皇の后である中宮定子が正装してるのに
三位ふぜいの貴子がラフな格好をするなんて
ダメ絶対!だったんですね。
(特にこの時は積善寺供養というイベント時でもあり、
一条天皇の母の東三条院詮子も参加してる…)
貴子に「小袿脱いで唐衣着ろ!」って言わないあたりは
道隆の優しさでしょうか。

P1140767_2
今回特筆すべきはもう一点。
わが身の丈ですら余るほどの超絶ロン毛なカツラ。
(この写真は膝立ちですが…)

時代やさんには細長用の結っていない
スーパーロン毛なカツラが一つだけあります。
過去にも度々使わせてもらいましたが、
今回Eさんが細長をなさるので、
私はそのカツラを使えません。
そこで、カツラ担当スタッフさんが
もう一つ超絶ロン毛かつらを用意してくださいました(≧▽≦)
背の高い私でもロン毛を堪能できるようにと
可能な限り髪を長くして下さったそうで、
まさに背をおおうが如く波うつ黒髪の海となりました。
あの髪の長さは…2mはあったんじゃないかなと。
※もちろん追加料金発生します。

そんなこんなで私の撮影してもらっていると
控えのスペースで着付けてもらっていた娘が
ひょっこり登場。


…つづく

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