『続古事談』第二 第六話(四二)
伊尹流に祟る怨霊となった藤原朝成さんの話 その壱
一条摂政藤原伊尹は、非常に見目麗しくいらしゃいました。
弘徽殿の細殿の局においでになり、明け方、冠に御髪を押し込んでお出になられると、随身がはきはきとした声で先追いをします。本当に素晴らしい様子です。
この御方のご子息、義孝の少将も見目麗しい方でした。極楽往生なさった方でございます。その事に関しては有名ですのでここでは書きません。
この伊尹と朝成中納言とは恨み合う事となり、朝成は怨霊になってしまったとか。
そのため、伊尹の子孫は三条西洞院の朝成の邸には入らないと申します。
その伊尹と朝成が、同じく参議を望んだ時、朝成は伊尹がなるべきではないと吹聴してまわったそうです。
その後、朝成が摂政となった伊尹に
「大納言になりたい」
そう申しあげに参られたのを、伊尹はそのまま放置し、日が暮れて後に朝成に言いました。
「朝廷に仕える道というのは実に興味深いものです。昔、参議を望んだ時、貴殿は私を無用の者と申されましたかな。今、貴殿を大納言として用いるや否やは私の心次第というわけですか」
朝成は恥じ入って車に乗って帰ろうとした際、怒りにまかせて笏を車に投げ入れると、その笏は真っ二つに折れてしまいました。
さてその後、朝成は病を得て亡くなり、怨霊になったと言います。
この朝成は、見苦しいほどに肥え太り、容貌なども普通とは異なっていたのでしょう。
初めて殿上に参りました時、村上天皇は朝成を御覧になると、驚きなさって
「あれは誰だ!?」
そう朝成の兄の朝忠にお聞きになります。
「私の弟にございます」
朝忠の返事に、主上は重ねて問われます。
「何か才能はあるか?」
「一通りの学問は修めておりますが、特にどうこう言うほどのものではないでしょう。また笙を嗜んでおります。その善し悪しは知りませんが」
朝忠はそう申しあげます。
主上は笙を朝成に与え、吹かせなさいますと、その音色は雲に通じ妙なる調べがあまりに素晴らしかったので、それ以後は主上の恩寵もあり、管絃の御遊びの折りには必ず召されたそうです。
~~~~~~〈以下解説〉~~~~~~
◆一条摂政藤原伊尹(いちじょうせっしょうふじわらのこれまさ)
藤原伊尹(924~972)
藤原義孝の父で、行成の祖父。
◆朝成中納言(あさひらちゅうなごん)
藤原朝成(917~974)
詳細はこちら→「行成に絡む怨霊 」
◆弘徽殿の細殿の局(こきでんのほそどののつぼね)
弘徽殿は内裏の後宮殿舎の一つ。
細殿は殿舎の細長い庇の間とか渡り廊下で、仕切って女房の局(部屋)として使ったりする。
明け方そこから出てきました~って事は、そこの女房と一晩逢瀬を楽しんでましたってコト。
◆極楽往生なさった方
義孝の極楽往生話は『大鏡』にあります。
これもいずれ詳しく紹介したいです…。
◆伊尹vs朝成
『大鏡』では蔵人頭を争っていましたが、『古事談』『続古事談』では参議。
『古事談』によるとブチ切れた朝成はその恨みの気持ちで足が大きくなり、
沓を履けなくなって足先に引っ掛けて出て行ったとか。
◆車(くるま)
牛車。
◆笏(しゃく)
威儀を正すために右手に持つ長方形の板。
裏に儀式の次第など書いた紙を貼りる事も。
材質は身分により細かく規定があるが、
朝服である束帯着用時は櫟(いちい)や桜材など木製のものが用いられた。
◆村上天皇(むらかみてんのう)
名は成明。(927~967)
第六十二代天皇。在位946~967
醍醐天皇第十四皇子。母は関白藤原基経女の穏子。
◆朝忠(あさただ)
藤原朝忠(910~966)
父は三条右大臣藤原定方、母は藤原山蔭女。
娘の穆子は源雅信の妻となり、藤原道長の妻となる倫子を産む。
歌人で三十六歌仙の一人。
百人一首にも採られている。
「逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をもうらみざらまし」
和歌の他に、笙にも秀でていた。
◆笙(しょう)
雅楽で使われる管楽器の一つ。
「しやうのふえ」「さうのふえ」とも称され、
形を翼を立てて休んでいる鳳凰に見立てて鳳笙とも呼ばれる。
また、音色が鳳凰の鳴き声とも天から差し込む光を表すとも言われる。
吸っても吹いても音が出るので、音を常に出し続けることが可能。
主に和音を奏でる。
前半は『大鏡』の方にあった官職をめぐる一悶着から朝成が怨霊になるまでの類話。
『大鏡』よりも出世に絡むドロドロしたもんがわかりやすくてこっちの話の方が好きです。
伊尹さんのセリフとかもう最高です。
参議になる際のイザコザで相当ムカついてたんだろうな~と。
朝成の怨霊化ですが、『古事談』では朝成の生霊が伊尹を殺ったとしています。
後半は朝成の容貌についてとと笙の名手であったという話です。
なんか、朝忠そっけない気が…
あんまり弟を売り込みたくなかったのだろーか。。
ちなみにこの笙ネタにもいくつか同話・類話がありまして
それには、顔は不細工だが笙を吹くとたちまちに美しく見えたってのもあります。
(笙は吹くと正面から見ると笙に顔が隠れて見えなくなるからそのせい…とか?)
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