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2009年6月の22件の記事

2009年6月29日 (月)

ちょっと伊勢まで…

赤福氷が食べたい('Д')
ってことで、伊勢行ってきました。

Ujibasi

現在式年遷宮の一環で内宮の五十鈴川に架かる宇治橋が架け替え工事中。
そのため、内宮へ参拝するには脇に作られた仮橋を渡ることになります。
仮橋を渡れるのは20年に一度、古い宇治橋の渡り納め~新しい宇治橋の渡り初めまでの数ヶ月の間ですから、ある意味レアですねw
(そのレアな仮橋は写真取り忘れた…orz)

内宮→荒祭宮→風日折宮と参拝。
参拝終わって、赤福本店で赤福氷を食べて目的完了(*'-')

せっかくなんで、二見へ…

↓↓二見興玉神社の夫婦岩↓↓
Meoto

伊勢にいたときは降っていた雨も上がって、青空が見えました。
参拝後、神社のすぐ横にある二見シーパラダイスへ。
あっかんべぇをするゾウアザラシがいる水族館です。

そのへんでお風呂にでも入って帰ろうか~ということになり、
カーナビが案内してくれた二見温泉は行ってみたら廃墟だtt…('Д')
気を取り直して伊勢へ戻り、
『汐湯 おかげ風呂館 旭湯』でお風呂に入って帰路につきました。





例のみどかん記、読み終わりました。。
顕光をクソミソに罵倒する(「至愚之又至愚」ってアレ)エピソードはシゲ氏好みだろうから絶対取り上げるだろうと予想していたのに、長和五年ごと時空のかなたに消え去ってしまった模様。
ちょっと残念でした(つД`)
一条上皇の崩御は流石に取り上げてましたね。萌とともにw
あとはー……イロイロ思ったけど、ありすぎてよく覚えてない…(・◇・)
それに、もにょった事のほとんどを某さまが指摘して下さったんでいいかなとw
この本がびぎなーずくらしっくシリーズの黒歴史にならないことを祈るばかりです。


そうそう、別の某さまのブログで話題に上がってて知ったのですが、
秋季雅楽特別演奏会 』の応募案内が宮内庁のサイトに上がってますね。
いつもだいたい管絃2曲&舞楽2曲って構成が多いのに、
今回の演目は2曲のみで舞楽の「太平楽」と「独鉾」だそうですよ。
太平楽一具やるのかな。

2009年6月27日 (土)

みどかん記\(^-^)/

かどかわの初心者向け古典シリーズ、実は購入するの今回が初めてです。
「ワタシ初心者じゃないし^^」とか調子ぶっこいていたわけじゃなく、
ただ単にダイジェスト版って形式が苦手なので買っていませんでした。
どうせ読むなら頭から最後まで読みたいし、
とりあえず買って読んで改めて全部載ってるの買って読んだら、
ダイジェスト版買ったお金も本置く場所も無駄になるじゃないですか~
というまぁ非常に貧乏くさくて心と本棚に余裕がない理由からでした。。

そんな私があえて購入したかどかわの初心者向け古典みどかん記
現在進行形で学術文庫から全訳が出てるにも関わらず
あえて購入したそのわけは…
ひとえにブログのネタのため?(それに900円以上はタケーなおい)

で、だ。
他のびぎなーずくらしっくすもこういうノリ…なのかな(゜ー゜;)?
編者がこの御方だから…なのかな?w



以下、とても感想とはいえない駄文が繰り広がってます。
心の広い方のみお読み下さい。

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2009年6月24日 (水)

拍手のお返事

拍手下さった方々、ありがとうございます~<(_ _)>

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2009年6月23日 (火)

じゃぱねすく

漫画版『なんて素敵にジャパネスク(人妻編)』 8巻
6/19に新刊が出ました。
(もう23日なのにまだ画像上がってないのk)


以下、懐かしさの余りオノレの年齢顧みない妄言が噴出してるので畳んでおきます。

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2009年6月22日 (月)

『続古事談』第二 第六話(四二)

伊尹流に祟る怨霊となった藤原朝成さんの話 その壱


 一条摂政藤原伊尹は、非常に見目麗しくいらしゃいました。
弘徽殿の細殿の局においでになり、明け方、冠に御髪を押し込んでお出になられると、随身がはきはきとした声で先追いをします。本当に素晴らしい様子です。
 この御方のご子息、義孝の少将も見目麗しい方でした。極楽往生なさった方でございます。その事に関しては有名ですのでここでは書きません。

 この伊尹と朝成中納言とは恨み合う事となり、朝成は怨霊になってしまったとか。
そのため、伊尹の子孫は三条西洞院の朝成の邸には入らないと申します。


 その伊尹と朝成が、同じく参議を望んだ時、朝成は伊尹がなるべきではないと吹聴してまわったそうです。
その後、朝成が摂政となった伊尹に
「大納言になりたい」
そう申しあげに参られたのを、伊尹はそのまま放置し、日が暮れて後に朝成に言いました。
「朝廷に仕える道というのは実に興味深いものです。昔、参議を望んだ時、貴殿は私を無用の者と申されましたかな。今、貴殿を大納言として用いるや否やは私の心次第というわけですか」
朝成は恥じ入って車に乗って帰ろうとした際、怒りにまかせて笏を車に投げ入れると、その笏は真っ二つに折れてしまいました。
さてその後、朝成は病を得て亡くなり、怨霊になったと言います。


 この朝成は、見苦しいほどに肥え太り、容貌なども普通とは異なっていたのでしょう。
初めて殿上に参りました時、村上天皇は朝成を御覧になると、驚きなさって
「あれは誰だ!?」
そう朝成の兄の朝忠にお聞きになります。
「私の弟にございます」
朝忠の返事に、主上は重ねて問われます。
「何か才能はあるか?」
「一通りの学問は修めておりますが、特にどうこう言うほどのものではないでしょう。また笙を嗜んでおります。その善し悪しは知りませんが」
朝忠はそう申しあげます。
主上は笙を朝成に与え、吹かせなさいますと、その音色は雲に通じ妙なる調べがあまりに素晴らしかったので、それ以後は主上の恩寵もあり、管絃の御遊びの折りには必ず召されたそうです。



   ~~~~~~〈以下解説〉~~~~~~


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2009年6月20日 (土)

拍手御礼

web拍手下さった方ありがとうございます~<(_ _)>

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行成に絡む怨霊

藤原朝成 917~974
ふじわらのあさひら 

父は三条右大臣藤原定方、母は藤原山蔭女。
兄に同じく従三位中納言に至った藤原朝忠がおり、たまに混同されています。
天慶四年(941)四月、二五歳の時に昇殿を許され(同時期に藤原伊尹も18歳で昇殿)、同九年八月に、これまた伊尹と一緒に蔵人頭に補されます。
天徳二年(958)に参議に任じられ(伊尹は遅れること2年、天徳四年に参議)、その後は伊尹の方が先にどんどん出世して、朝成がやっと権中納言になる安和三年(970)に伊尹は右大臣に、中納言に転正する天禄二年(971)には摂政太政大臣となっており、その差は如何ともしがたいものになってしまいます。
最終官位は従三位中納言、天延二年(974)に五十八歳で薨じます。

朝成と伊尹の官職争い→朝成の怨霊化は当時から有名でした。
伊尹の子孫である行成にも祟りをなしたという事については詳しく紹介しますが、それ以外にも『宝物集』によると、花山院が十九歳で出家してしまったのも、挙賢義孝前後少将が同日に亡くなってしまったのも、義懐中納言の出家もみんなみんな朝成の怨霊のせいと考えられていたようです。

『大鏡』では伊尹と蔵人頭争いをして敗れ、伊尹との仲が悪くなったように書かれておりますが、他の説話『古事談』『続古事談』『十訓抄』などでは参議昇進(『十訓抄』は中納言昇進)をめぐって朝成が伊尹は無能だと放言してまわった(最初にケンカ売ったのは朝成だったのかw)のが事の発端として書かれています。
この辺史実かどうかはっきりとはわからないのですが、同時期に蔵人頭になった伊尹の参議昇進が朝成より2年も遅れている辺り実際にも何かあったのかもしれません。

朝成の性格をうかがわせるような話としては『十訓抄』にこんな話があります。
朝成が検非違使別当だった頃、中納言の地位を願って石清水八幡宮に詣で、そこの神主に「俺には強盗百人の首を切った功があるから、それでもって今度中納言になれるように祈って欲しい」と頼みました。
神主はびっくりして「ウチの神さまは殺生を嫌います。どうしてそんなことでお願いできましょう」と言って断ります。
朝成は「殺生禁断の事は八幡神の御託宣にもあるから知っておる。でもその託宣の最後に『悪人が出た際、国家を思う臣がそれをする場合はこの限りではない』とあるではないか。いいから神さまに中納言になれるようお願いしてくれ!」と主張しました。
神主は仕方なく神にその旨申しあげたところ朝成は中納言になることができました、ってな話です。
なんというか…ちょっと死体見かけただけでも行き触れだ物忌みだって騒ぐのが平安貴族ってなイメージなのに、百人も強盗の首ぶった切ってしかもそれをネタに神さまに昇進お願いしちゃうなんて、、、すごい野生的w

兎に角、外見も中身もキョーレツなお人だったようです。
その辺は旧サイトに上げてた朝成ネタの古典の訳がありますので、見直ししてから再UPしようと思ってます。

その朝成の邸ですが、三条西洞院にあって「鬼殿」とも呼ばれ、伊尹一族の人間は決してそこに足を踏み入れなかったのだそうですよ。


藤原朝成が登場する説話等
『大鏡』第三 伊尹伝より
『続古事談』第二 第六話(四二) 
『今昔物語集』巻第二十八 第二十三



2009年6月19日 (金)

『大鏡』第三 伊尹伝より

行成ネタその弐 怨霊に狙われるの巻(前編)


 この話は皆様ご存知のことだと思いますが…
中納言藤原朝成卿と一条摂政藤原伊尹公は同時代の殿上人でした。
家柄の点では伊尹さまに劣っていましたが、学才も人望も優れた人物です。
そんな朝成さまが蔵人頭になれそうな機会がめぐってきた折、伊尹さまも次期蔵人頭にふさわしい立場でした。
朝成さまは
「伊尹どのは今回の人事で蔵人頭にならぬとも、世間の人があれこれ悪く言うことはありますまい。それに、貴殿なら後々いつでも蔵人頭になれましょう。しかし私は今回なり損ねると非常に情けない思いをする事にになるだろうから、伊尹どの、今回は蔵人頭を希望なさらないでくだされ」
そう頼み込みますと、伊尹さまは
「わかりました。では今回は願い出ないでおきましょう」
と言いったので、朝成さまは、うれしい事だと安心しておりました。
ところが、伊尹さまはどう気が変わってしまったのか、朝成さまに何の断りもなく蔵人頭になってしまったのです。
朝成さまは「話が違うではないか、よくも騙したな!!」と非常に腹を立て、それ以後二人の仲はとても悪くなり、そのまま月日が経ってしまいました。

 そのうちに、朝成さまが伊尹さまの家来の一人に失礼なことをしたという事を伊尹さまは聞きつけ
「蔵人頭の職を取られて不本意に思うのはわかるが、どうして何かにつけて我らに対してこのような無礼な態度をとるのだろうか」
そう腹を立てているということを朝成さまは耳にしました。
そこで朝成さまは「決して悪意はなかったのだ」という事を申し上げて誤解を解いてもらおうと、伊尹さまのお邸に出向きました。

 当時、自分よりも身分が上の方の所へ行った時は、相手のほうから「どうぞ、こちらへ」と案内がないうちに邸へ上がったりはせず、屋外に立って待っていたのだそうです。
 この日は、六・七月の非常に暑くて耐えられない頃でした。
朝成さまは訪問の理由を取り次ぎの者に伝えると、今か今かと中門の所で立って待っていましたが、次第に西日が射し込んできて、暑くて耐え難いどころじゃありません。
気分も悪くなってしまいそうで
「ハナから伊尹どのはこの私をあぶり殺そうと思っているのではないか?わざわざ参上して意味のないことをしてしまったものだ」
そう思うと、伊尹さまへの憎悪が湧き起こるなんてなまやさしいものではありません。
夜になってしまったので、このままでいるわけにもいかず朝成さまは持っていた笏をぐっと握りしめ、立ち去ろうとするとバキョっと笏が音を立てて折れてしまいました。
いったいどれほどの念を込めて握ったのでしょうか…
 さて、朝成さまは自宅に帰ると
「伊尹の一族は絶対に根絶やしにしてやる。たとえ息子や娘がいたとしても、まともな人生を送らせるものか。気の毒だ、などと言う奴がいたらそいつも恨んでやる!」
などと誓って亡くなってしまいました。
そして朝成さまは伊尹さまの御一族に代々祟る悪霊となってしまったのです。
 こういったわけで、まして行成さまは伊尹さまの孫で近い血筋なので本当に恐ろしいことです。


  ~~~~~~〈以下解説〉~~~~~~

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2009年6月18日 (木)

平安漫画+α


『“華麗なる愛の歴史絵巻”シリーズ 夜のこだま』 長岡良子

シリーズ名がちょと背中がこそばゆくなりそうな感じですが…^^;
平安時代モノの漫画です。
舞台は平安後期~末期かな。
掲載誌がボニータというのもあってか、モノノケだのアヤカシだのが出てきたり、超常能力持ちの登場人物がいたりしますが、基本人間ドラマです。
短編集で、漫画版説話物語集といった感じです。
表題作は院政期の某賢き辺りが舞台。
なかなか面白い解釈で楽しめました。
泰親さんはお気の毒でしたがw
他の作品も元ネタはあるのかもしれませんが、基本オリジナル。
この方のふんわりとした装束の描き方が好きなんですよ~
特に直衣がすごくイイの、後ろから抱きつきたくなる(*ノノ)
しゃがんでる直衣の後ろ身頃の裾のしわの入れ方とか萌える見習いたい。



『破妖の剣外伝 言ノ葉は呪縛する』 前田珠子

出ると知ったときにちょろっと話題にしましたが、今更こんな何年も放置されたラノベの外伝を出されても^^;って事で相当発行部数が少なかったのか、発売日直後に買いに行った本屋ことごとく置いてなくて、昨日やっとゲット。
2刷だコレ…
6年ぶりの新刊だが、結構みんな見捨てずに待ってたんだなぁとw
表題作、内容は自分好みでしたが、シリーズ主人公の2人がいてもいなくても良かったような、、そんなストーリー。
まぁ、下手に出張ってこなかったからこそ丸く(?)収まった気もしますw
しかし…二人の性格…というか口調に違和感があるんですが。
赤い人の登場シーンとか、最初てっきり邪羅かと思ったし。。
本編書く前に昔の感覚取り戻してほしいものです。
って…本編…続き…書く…よ…ね…??

2009年6月17日 (水)

タイムマシーンにお願い♪

おー、久々に参加しやすいネタがktkr

コネタマ参加中:
タイムマシンがあったら、どの時代に行きたい?

まぁ、、このブログが扱ってる題材見れば一目瞭然ですね…
平安時代、一条天皇の御代に行きたいです。
ええもちろん居候先は藤原行成の家です。当然です。おしかけマス。


あと、行ってみたいのは、
有史以前というか人類すら出現してませんが、恐竜時代。
白亜紀かのぅ。
劇場版ドラえもんの第一作目『のび太の恐竜』の影響受けまくって、
一時期、恐竜時代にハマってたのでw
『のび太の恐竜』…ドラえもんの話の中で一番好きです。
最近リメイク版出てましたけどそっちは見てませんw
ドラえもんの声は大山のぶ代以外ありえないですから…(´Д⊂

2009年6月14日 (日)

ひこにゃん(携帯から)

ひこにゃん
携帯で撮ったひこにゃん。
特に芸をするわけでもなくただひたすら愛嬌を振りまくだけなのに一つ一つの何気ない仕草が無駄に可愛いんだよコイツはwww

ぶらっと滋賀

高速代1000円なのをいいことに、
滋賀県の方にぶらっと行き当たりばったり小旅行。
デジカメ持って行き忘れて涙目でした(´;ω;`)

安土城跡
入り口に置いてあった杖にすがって、ひーこら言いながら約400段以上の石段を登る。
石段のところどころに石仏があって焦る。。
どうも築城の際石が足りなくて、
そこらへんの墓石とか壊して使ったそうですよ((((゜Д゜;))))

安土城天主 信長の館
原寸大で再現された安土城天守閣の5階と6階部分が展示されています。
5階が朱塗り6階が総金箔貼りでキラキラ。
明智光秀が信長に反旗を翻すきっかけとなった(?)家康もてなし膳の再現も展示されてました。
すごく美味しそうなのに…

安土城考古博物館
ブログ書くために博物館のサイト行ったらトップにとんでもない事が…
形あるものはいずれ壊れるのが定めとはいえ、
守っていく立場にある人がうっかりとはいえ破壊してしまうとはなんとも悲しいことです(つД`)

彦根城ってかひこにゃん
ゆるキャラブームの火付け役ひこにゃん。
実は私も見事にこのネコのとりこです(/ω\)
ひこにゃんは火木土日の決まった時間に、
彦根城天守前か博物館前(雨天時は博物館内)にPOPするんですが、
結構公式サイトのスケジュールいい加減な気がする。。。
今日の13:30~の回、天守前広場って書いてあるけど博物館前に湧いてたぞ…
POP場所は現地でも確認した方がいいかもw
相変わらず人気はすさまじくて、凄い人だかりでした。
ひこにゃんグッズ去年よりも増えてたww
前回来た際に大量買いしたから今回は自重のはずだったのに…
そんな中に赤の束帯つけた土鈴が('Д')!!?
可愛すぎて思わず買ってもーた。
Kamon
土鈴の商品名「カモンちゃん B」
って書いてあるシールの下に透けてみえる「直弼ちゃん B」の文字…
井伊直弼らしいですコレw
彼が掃部頭(かもんのかみ)だったからカモンちゃんとか。
直弼さんって安政の大獄とか桜田門外の変ぐらいしか知らず、
なんかコワイおっさんなイメージでしたが、、、コレは無駄に可愛すぎる。。。
クリアファイルも売ってたんで買っちゃった。
彦根、ゆるキャラのクオリティ高すぎ。
(横に見える黒い物体は熊野那智大社のやたがらす神籤。くまのみち初日で記事書くの止まってますな^^;)

河内風穴
車一台がやっと通れるような道をぐねぐね走って十数分の所にあります。
一応鍾乳洞らしいですが、一般公開されている部分には鍾乳石はほとんどないです。
しかし、狭い入り口やゴツゴツした岩が転がる広間に中腰にならないと進めないほど狭い所や急な梯子等々、洞窟探検の雰囲気が味わえてなかなか面白い所でした。
駐車場から風穴に入るまでの道中も、渓流沿いで豊かな自然が残っており気持ちのいい場所でした。

永源寺温泉 八風の湯
道路に出てた看板頼りに寄った温泉。
料金が平日1300円・土日祝日が1500円で高っと思ったが、
タオル・バスタオル・館内着一式込みなので、手ぶらで行く分にはいいかも。
泉質はフツーでしたが、館内施設が充実していてのんびりできました。

2009年6月12日 (金)

平安貴族は何の夢をみるか?

『平安貴族の夢分析』読み終わりました。
夢について、心理学や脳生理学(どっちかっていうとこっち?)の見地から読み解こうとされれた、、のかな?私はそっち方面まったくわからないので、具体的な夢の分析内容については…(´・×・`)

女流日記からは藤原道綱母の『蜻蛉日記』と菅原孝標女の『更級日記』、男性日記からは藤原忠平『貞信公記』・藤原師輔『九暦』・重明親王『吏部王記』・藤原行成『権記』・藤原道長『御堂関白記』・藤原実資『小右記』・源経頼『左経記』・藤原資房『春記』。
それぞれの日記の中から一つ一つ夢に関する記事(特に記主が見た夢、聞いた夢)を取り挙げて紹介・分析されています。

夢記事の多さは、現存する期間の長さや記事の量もあるでしょうが、『小右記』がダントツで、内容の濃さクオリティの高さでは行成の夢がブッチギリでした。
ネタとして紹介したくなるような面白い夢がたくさんあるんですがwww



そういえば、この本では取り上げていませんでしたが、和様漢文で神がかった表現能力をお持ちのあの御方はご自身の日記に夢記事を残されているのでしょうか?
行成に負けないくらいカオスな夢見てそうで…すごく気になる。。

おんぞーしかぁ…


 おんぞうし【御曹司・御曹子】(「曹司」はへやの意)
  ①堂上家(とうしょうけ)の部屋住みの子息の敬称。
  ②(平家の公達(きんだち)に対して)源家の嫡流の子息の敬称。
  ③名門・知名人の子弟
                   (『広辞苑 第五版』)

 おんざうし【御曹司・御曹子】《「曹司」は部屋の意》
  ①貴族の子息で、まだ部屋住みの者に対する敬称。
  ②特に、源氏の嫡流の子息に対する敬称。
  ③なかんずく、源義経に対する敬称。
                   (『岩波古語辞典 補訂版』)

まぁ、特に深い意味もなく「お坊ちゃま」ってことなんだろーけどさー(´_ゝ`)
K川新刊案内の内容紹介からしてもう地雷の悪寒…
『殴り合う~』からの一連のシリーズ(?)だと思いますが、
一般人の平安貴族に対するイメージをどうしたいんでしょ、この御方はw

タイトルまだ(仮)っぽいので、
もうちょっとひねってほしいデス。

2009年6月11日 (木)

道長フェア実施中(・◇・)

学術文庫『御堂関白記(中)』の発売日だということをド忘れしてました。
なんたること…買いに行かなきゃ
まだ(上)読み終わってないです(゜ー゜;)
付箋(行成出てきたら貼るため)を片手にのんびり読んでます。
道長視点で見る貴族社会、面白いです。
時々ムカついて本振り回してますが、これは私が道長苦手なので仕方ないのです。

アマゾンに角川の方の『御堂関白記』の表紙載ってきましたね。
前も話題にしましたが編者があの御方。
どうかましてくれるか今から非常に楽しみです。
学術文庫と比較しつつ読むのも面白いかもしれません。
どのへんのネタ紹介してくれるのかしら?
一条天皇崩御のくだりと顕光罵倒はやってくれると確信してますがw

2009年6月 8日 (月)

拍手のお返事

web拍手下さった方、ありがとうございます<(_ _)>

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斎王まつり

三重県明和町の斎王まつりに行ってきました~
実に見事な晴天で日焼け対策してなかったのでバッチリ焼けてしてしまいました。。。
腕がヒリヒリしてます…

Saiou
斎王と女官の皆さん。
禊の儀を行う場所の前に陣取ったんですけどね、禊の儀が始まったとたん前の人が身を乗り出す&禊は座ってするので良く見えなくなっちゃいまして…写真には収められず(つД`)

Saiouusiro
斎王の後姿。
唐衣裳の女房装束(十二単)に小忌衣を着ています。

Gyouretu
斎王群行



さて、斎王まつりの方は適当に切り上げて斎宮歴史博物館
お目当ては映像展示でございます。
ココの映像展示『斎王群行』と『今よみがえる幻の宮』のクオリティの高さは異常。
特に幻の宮は初めて見たとき鳥肌立ちました。
今日見たのはは時間の関係で『斎王群行』のみ。
長歴二年(1038)後朱雀天皇の時の斎王良子内親王の群行の様子を藤原資房の『春記』を元に再現されています。
大河やえぬえっちけー等の歴史番組などとは比べ物にならない再現率の高さ。
女性陣の装束の素晴らしさもさることながら、束帯の下襲の裾フェチとしては、裾を石帯に引っ掛けてるお姿とか出てきた時にはもう…(*´Д`*)タマンネェ
伊勢方面へお越しの際はぜひぜひ立ち寄ってご覧になってみてください。
おススメъ(`ー゜)

でも、映像終了後に他のお客さんの「(群行)三日目で寝ちゃった」「二日目で寝たよw」なんて会話が耳に入ってきて、平安モノの置かれる現状の厳しさというか一般人の興味の無さを痛感しました(つД`)

斎宮歴史博物館のサイト内の「斎宮百話 」の32話~38話でこの映像のエピソードあれこれ紹介しておられますんで、興味をもたれた方は参考にどーぞ。


ちなみに、朝寝坊しまして(コーフンしてあんな記事書いてたから…w)神宮には参拝できませんでした…orz

2009年6月 7日 (日)

家庭の事情ってレベルじゃねーぞ

行成の娘大君に関する妄想でハァハァしてたら、K様んトコで行成子息の良経に関してかなりぶっ飛んだ考察をされてるブログを教えていただきました。。
妄想やら電波やらを飛ばすのはオタの専売特許と思っていたら…それで飯食ってるケンキュウシャも負けてないのぜーっていうかなんというかいやはやもう…\(^O^)/



↓↓以下かなりコーフンしてツバ飛ばしまくってます↓↓
(御心の寛大な方のみご覧下さい。満足(?)したら取り下げるかも)

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2009年6月 6日 (土)

ああ、そうだ…

今週末、6月6日・7日と三重県明和町の斎宮歴史博物館やらいつきのみや歴史体験館周辺で「斎王まつり」というイベントがあり、まぁ葵祭に行けなかった慰みに7日天気が良かったら行ってみようかな~なんて思ってます。

午前中余裕があれば伊勢の神宮にも参拝もしたいなぁ…

2009年6月 4日 (木)

行成さんちの家庭の事情(1)

源泰清女(姉君)976~1002
みなもとのやすきよのむすめ(あねぎみ)

藤原行成の最初の妻。
父親は醍醐源氏の源泰清(泰清の父は有明親王)、母親は魚名流の藤原雅材女。
永祚元年(989)八月十一日に14歳で行成(当時18歳)と結婚する。
通説では実経・良経・大君・中の君の母親。
とても賢妻だったようで、行成は日記に誇らしげに「妻が世間の人に褒められている」と書き残していたりする。
長保四年(1002)十月十四日に赤痢を患いながらも女児を出産。
しかしその二日後にその女児と共に没してしまう。
「非慟の極み、何事かこれに如かん」と日記に記した行成の嘆きはいかばかりであったのだろうか。


  都にて待つべき人も思ほへず 山よりふかく入りやしなまし

『続古今和歌集 哀傷歌』に採られた、行成のこの和歌は亡き妻を思って詠まれたものと思われる。(参考:→行成の和歌(6)
没後も妻への愛は変わらず、行成は毎年命日に法要を欠かさず営んでいたことが『権記』より伺える。



↓↓以下妄想炸裂トーク↓↓

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2009年6月 3日 (水)

らっきー☆

どちらのサイトかブログで拝見したかド忘れしたんですが、笠間書院から出る『女神の末裔』って本に藤原長家と結婚した行成女の事が載っていると目にしまして、気になっていたんです。
ただ、笠間さんのサイトで本の紹介&目次見ると特に章立てて扱っているわけじゃなく、
『更級日記』のからみで出てくるだけのようで、ちょっと購入には踏み切れないな~と半ばあきらめておりました。。。

そしたら…

かしゃまさんの2009年5月8日の記事に行成女が出てくる分が
丸々全文(?)掲載されてたヽ(´ー`)ノ

2009年6月 1日 (月)

いろいろ本の事

ます、最近読み終わった本

『光源氏が愛した王朝ブランド品』

平安貴族と舶来品(主に唐渡り品)の関係を知りたいなと思い購入。
タイトル通り『源氏物語』を舶来品から読み解くのがこの本のテーマなんで、
源氏の話題が多いです(そりゃそうだ)
大宰府関連の話題はかなり興味深かったです。
現代のようなめまぐるしい流行の変化ってのは無いにせよ、
当時もそれないりに流行り廃りの感覚ってのがちゃんとあったんだなぁと再認識。
そして、紫式部の人物造詣における小道具の使い方は流石だなと感心するばかりでした。

ただ、、各アイテムの冒頭部分で著者のご経験にからめた現代ブランド品での話題が、、ブランド物に縁遠い貧乏人をいちいち現実に引き戻してくれてちょっとしんどかったです。
というか、今のブランド品の話されても…


『藤原摂関家の誕生 平安時代史の扉


完全に国史系・政治史の本。
人物叢書『藤原道長』を読む前に政治史の流れをちと整理しておこうと思って。。
(↑道長、あたため過ぎててまだ読んでないのw)
藤原氏の他氏排斥の歩みが…ほとんど結果的にこうなっちゃっただけなんだよ~な感じだったんだけど、昨今の認識はそなの?(;゜ロ゜)
摂政と関白の違いや、摂関と外戚との関係が理解できて良かったです。


『陰陽師 安倍晴明と蘆屋道満


こっちが専門のご様子なので、ちょっと期待していたのですが…
良くも悪くもシゲタ節が炸裂しておりました。。
読みながらイロイロ気になるわ、痒いところが余計痒くなるわで相当悶々としましたが、結局この本で著者が一番言いたかったのは、
この本読んで物足りなかった人はもっと詳しく書いた僕の本があるから読んでね^^v
って事ですかーーーーーーーーーーーーーー??
この本は…一般向けだからこの程度でって事なのかなぁ。
じゃあ、あとがきで紹介されてた『呪いの都 平安京 呪詛・呪術・陰陽師』(タイトルに蘆屋どーまん入れるのはボツったのかw)や『平安貴族と陰陽師 安倍晴明の歴史民俗学』『安倍晴明 陰陽師たちの平安時代』は期待してもいいのかなぁ…??
でもこれらの本1700~2500円だから氏の認識では一般向けなのかな?(『王朝貴族の悪だくみ』とか2300円だしね)
流石に『陰陽師と平安貴族』は9000円越えしてるかられっきとした研究書だろうが、高杉。
つかちょっと中公●書ナメられてんじゃね?
何はともあれ、あとがきがあからさま過ぎます(´д`)

そんなシゲタ氏の6/25に角川のビギナーズクラシックスから出る『御堂関白記 』がアマゾンにも載ってきましたね。
うん、もちろん買いますw
多分わたし、氏の文章中毒なんだろうなぁ…


ちょっと話し変わって、、

さる御方んトコロで話題に上っていた、しんてんしゃさんのブログ。。。
早速見てきました…
派手に噴きこぼすAA貼り付けたい気持ちでいっぱいです。
企業が、しかも出版社が、あそこまでにちゃんのノリでいいのかいなw
そのうち、にちゃんごで新刊案内とか書き始めたらどうしよう((((゜Д゜;))))
とりあえず面白いんでヲチ目的でお気に入りに放り込んでおきましたケドw

っとまぁ、人様の書いたものについてうだうだ言ってますが、オノレの文章のオワッテルぶりはなんなの?って感じですよね(´・ω・`)
それはそれ、かしゃましょいんさんの恐ろしい例もありますし、
うっかり真面目な人が真面目な目的でウチのブログに流れ着いてしまっても、
ココはお遊びで書いてるブログなんだねーと、
察してもらいやすいようにあえてヒドイ文章にしてます。
旧サイトでの話ですが、弐局番掲示板群のにほんし板だったかこぶん板だったかで自分のページにリンク張られてるのを見つけたときの恐怖感たるやもう…
今思い出しただけでも変な汗が流れます…(iдi)

…なんてね
…単にホントに中の人が馬鹿でまともな文章が書けないだけですorz


さて本の事に話し戻しまして、
土曜日に東京へ行く機会があり、久々に神保町の古書店街ふらふらしてきました。

ゲットしたのは以下のとおり

『装束の日本史 平安貴族は何を着ていたのか
何気なくワゴン見たらあったので購入。

『服飾から見た源氏物語』
ハードカバーの方
topの十二単の絵がちと怖い;

『和漢墨寶選集 第四巻 原色行成 白楽天詩巻』
『和漢墨寶選集 第十二巻 藤原行成 本能寺切』

自家発電用。にひひ(*´Д`*)

『新潮日本古典集成 蜻蛉日記』
とりあえずゲット。んで満足(をい)

『東洋文庫 新猿楽記』
美品でしかも安くてカンドーしてたら中に蔵書印が日付印で押してあったw
まぁ、あんま気にならないからOK

『平安貴族の夢分析』
すっごく欲しかった一冊。
我慢できずにイロイロすっ飛ばして行成の夢の章だけ読んじゃいましたw
『権記』に記された行成が見た夢がほとんど訳してあって素敵!
そして、昔フィーリングで訳したのが案の定派手に間違っており、
大慌てで修正しときました。。→「行成の夢

他にも未チェックだった行成の夢で興味深いのがいくつかありまして、特に一条帝没後に見た近臣同士での口論(…じゃないね、手が出てるわ)の夢が、行成の意外な一面と行成らしさとが混在してて秀逸すぎますw
燭台握り締めた行成さまとか…久々に萌えに任せてイラスト描きなぐっちゃったw


そうそう…
恩師&先輩がお二人で出したと思ってた本。
あったんで買おうかなと思って中見たんですが、、、
いわゆる論文集?で先生の論文一本だけやん;;
本書こうよ、せんせぇ・・・・・orz




帰りがけに横浜の中華街に行きました。
そこに本日一番の掘り出し物が!!
円座(ここはあえて「わろうだ」と読みたいw)800円

もちろん購入(σ´Д`)σ

Warauda_2

PC用の椅子にぴったりのサイズで大満足(´∀`)

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