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    平成21年3月24日
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2009年4月27日 (月)

『枕草子』七段

上に候ふ御猫は

 主上のおそばにいる猫は五位に叙されていて、「命婦のおとど」って呼ばれているの。
とても可愛い子で、大切にされています。
その猫が縁側に出て寝っ転がっているので、世話係の馬の命婦って女房が
「まぁ、お行儀の悪い。中にお入りなさい」
と呼ぶのだけれど、
猫は日が射し込んでポカポカしている所にごろ~んと横になって動こうとしません。
馬の命婦は驚ろかせてやろうと思って
「翁まろ、どこなの?命婦のおとどに噛みついておやり」
などと言ったのです。
本気にしたおバカさんの翁まろ(犬)は、本当に猫に襲いかかったので、
猫は飛び上がると怯えうろたえて、御簾の中へ走り込みました。
ちょうど主上が朝餉の間にお出ましになっていた時で、
この様子を御覧になってビックリなさいます。
主上は猫をご自分の懐に避難させると、殿上の男たちをお呼びになりました。
蔵人の忠隆が参上します。
「この翁まろを打ちすえて、犬島へ流してしまえ!早く!」
主上がそう仰せになるので、
男たちは寄ってたかって翁まろを追い立て大騒ぎとなったの。
主上は馬の命婦もお責めになります。
「世話係はかえる。彼女では心配だ」
怒っておいでなので、馬の命婦は畏れ入って御前にすら出てきません。
犬は狩り立てられて、滝口の武士たちに追放されてしまいました。
「あらあら、今までは得意になって御所中を歩き回っていたのに。三月三日には頭弁の藤原行成さまが柳のかづらを頭にのせて、桃の花を挿頭にして、桜を腰に挿したりして飾り立てて歩かせなさっていたのにね。あの頃はこんな目にあおうとは思っていなかったでしょうに……」
などなど、女房たちは気の毒がっています。
「中宮さまがお食事の時は、必ず御前にいたのに、いないのはなんだか淋しいわね」
そんな事を言い合ったりして、三・四日ほどたった昼頃のこと。
犬がひどく鳴いているようなので、
一体どこの犬が、こうも長い間鳴き騒ぐのかしら?と思っていると、
他の犬たちが様子を見に走っていくの。
御厠人の下女が走ってきて
「あぁ、なんてことでしょう。犬を蔵人の方が二人がかりで打ちすえていらっしゃる。あれでは死んでしまいます。犬を流刑なさったのですが、帰ってきてしまったとの事で、こらしめておいでです」
可愛そうに……。あの翁まろなの。
「忠隆殿、実房殿などが打ちすえています」
そう言うので、止めに人をやるうちに、ようやく鳴き声がやみました。
「死んだので外に引きずって行って捨ててしまいましたよ」
などと言うので、不憫に思っていると、
夕方に、たいそう腫れあがった汚らしげな犬で、辛そうなのが、
ぶるぶる震えながら歩いています。
「翁まろなの?こんな犬がここにいるわけないものね」
「翁まろ」
呼びかけても、応えない。
「翁まろだわ」
「違うわよ」
女房たちが口々に言い合うので、中宮さまは
「右近なら見分けがつくでしょう。呼びなさい」
という事で、右近内侍が参上しました。
「この犬は翁まろかしら?」
そう仰って犬をお見せなさる。
「似てはおりますが…これはまた、とても酷いありまさで……。それに、普段なら『翁まろなの?』と言っただけで喜んでやって来ますのに。呼んでも私の所へ寄りつきもしません。違うようにも思います。翁まろは打ち殺して捨ててしまった、と申しておりました。二人がかりで打ちすえていたのに生きているのでしょうか」
などと申し上げるので、中宮さまは可哀想に思っておいでのようです。
暗くなり、何か食べさせようとしたけれど、口を付けないので、
別の犬だという事で終わってしまいました。

 その翌朝、中宮さまは御髪をとかし、お手洗いの水などをお使いになっていて、
鏡を私に持たせなさって、御髪の様子などを御覧になっていると、
あの犬が柱もとにうずくまっているのが見えます。
「あぁ、昨日翁まろをたいそう打ちすえてしまって……。おそらく死んでしまったのでしょうけど、可哀想に。一体次は何に生まれ変わるのかしら。どんなにか辛い気持ちだったでしょう……」
そう呟いていると、このうずくまっている犬がぶるぶる震えて涙をポロポロこぼしたの。
驚いたことに翁まろだったのです。
「昨日は隠れてじっとしていたのね」
可哀想であると同時に、とても興味深いわ。
鏡を置いて
「おまえは翁まろなのかい?」
私がそう言うと、伏せてたいそう鳴きます。
中宮さまも驚きながらもお笑いになっています。
右近内侍を召して、事情をお話になり、みんなも笑いながら大騒ぎしていると、
主上もお聞きになって、こちらへお出ましなさいました。
「ほう、驚いたことに犬などもこのような心があるものなのですね」
主上も笑っておいでです。
主上付きの女房たちもこの事を聞きつけ集まってきて、
翁まろに声をかけるのにも、今度は立ち上がって寄ってきます。
「やはり顔が腫れ上がっているわ。手当をさせてやりたいわ」
そう私が言うと
「とうとう、あなたが翁まろ贔屓だってことを白状したわね」
などと言って女房たちが笑うの。
忠隆が聞きつけて、台盤所の方からやってきます。
「翁まろが戻ってきたというのは本当ですか?本当かどうか見たく存じます」
「まぁいやだ。決してそんな犬はいませんわ」
また翁まろを打つに違いないと思って、そう言いやらせると
「お隠しになっても、見かけることもあるかもしれません。そうそう隠し通せるものでもないでしょうよ」
忠隆もしつこく食い下がってきます。

 さて、その後、翁まろはお咎めを赦されて以前のようにすごしております。
やはり人から可哀想に思われて、震えながら鳴いて姿を見せた時の事は、比べものがないほど興味深くまた感動させられる出来事でしたよ。人間などは人から言葉をかけられて泣くこともありますが、まさか犬が…ねぇ…… 

 ~~~~~~〈以下解説〉~~~~~~

◆朝餉の間(あさがれいのま)
天皇が召し上がる朝食の膳のことを朝餉といい、それを食べる場所。通常は清涼殿西面、ここでは一条院内裏なので清涼殿として割り当てられた北の対屋の一室。

◆犬島(いぬじま)
おイタをした犬の流刑地が淀にあったらしい。

◆滝口の武士(たきぐちのぶし)
蔵人所に所属し、宮中の警備をする武士。天皇に供奉し、使いその他の雑用を勤めました。清涼殿東側の滝口というところに詰所があったので「滝口」と呼ばれた。

◆忠隆・実房(ただたか・さねふさ)
源忠隆と藤原実房。六位蔵人。

◆御厠人(みかわやうど)
便器清掃担当の下級女官。

◆右近・右近内侍(うこん・うこんのないし)
天皇付きの後宮女官・掌侍。
橘行平の妻で、清少納言の元夫橘則光の妻の母。

◆台盤所(だいばんどころ)
食物を盛る盤を載せる台のコトを台盤といい、それを扱う女房達の詰所が台盤所。宮中では清涼殿西廂、朝餉の間の南にあったが、ここでは一条院内裏なので上記朝
餉の間参照。

この話は『枕草子』の中でもかなり有名な話かと思います。
行成はちょい役というか、会話の中に出てくるだけですが。。

頃は長保二年(1000)3月4日以降27日までの間。
前年に内裏が焼けてしまったため、一条院が里内裏となっています。
この話の直前、2月25日に彰子が中宮になり、
それに押し出される形で定子が皇后となっています。
ですが、訳では定子のことを「中宮」としています。
原文は中宮とも皇后ともましてや定子とも出てきませんので、
この時点での定子の正確な呼称である「皇后」と訳したほうが正確なのですけれど、
清少納言にとって定子はあくまで【中宮】さまなのではなかろうかと思ったので、
あえて中宮としました。
ちなみに、この二后並立状態を作りださんが為に奔走した男が、
翁まろを飾り立てていた頭弁藤原行成です。
(その時の経緯については…旧サイトに載せてたアレをいずれ再掲しようかと…)

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