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2009年4月の20件の記事

2009年4月30日 (木)

『大鏡』第三 伊尹伝より 

行成ネタその壱 蔵人頭になるの巻


 義孝の少将さまが桃園の源中納言保光卿の姫君と結婚してできた御子がね、今の侍従大納言行成卿、あの天下の能書家と名高い方ですよ。
 行成さまの男のお子様達の中で、今の但馬守実経さまと尾張守良経さまの二人は源泰清の三位さまの姫君(姉君)が産みました。
正妻(妹君)の子は少将行経さまです。
姫君は、藤原道長さまの子で高松殿腹の権中納言長家さまの北の方でしたが、亡くなってしまいましたよね。
あと、姉君腹の中の君は今の丹波守源経頼さまの北の方になっています。
他に長女の大姫さまがいるとか。



 この行成さまこそが、備後介でまだ地下人で昇殿もできぬ身分だったのに、一挙に蔵人頭になった方なのです。
こういった例は非常に珍しいことですよね。

 その当時、源民部卿俊賢さまが蔵人頭でしたが、参議に昇進する予定だったので一条天皇は俊賢さまに
「そなたの後任は誰が適当であろう?」
そうお尋ねになりました。
「行成こそが私の後任にふさわしい者でございましょう」
俊賢さまが申し上げると、主上は少しためらっているご様子。
「行成は地下人だ。地下の者を蔵人頭にするのは……」
「主上、あの者は実に貴重な人物でございます。地下人だからといって気になさる必要はございません。末永く主上の側近く仕えるのに充分力量のある者でございます。あのような優れた人材を登用しないのは世の為にも良くないことです。君主たる御方が物事の道理をわきまえていらっしゃればこそ、人々も心を尽くして主上にお仕え申し上げるのです。この機会に彼の者を蔵人頭になさらないのなら、多大な損失となりましょうぞ」
そう言って俊賢さまが推挙なさいましたので、まぁ当然の結果とはいえ行成さまが蔵人頭になりました。

 なんでも、昔は前任の蔵人頭が後任を推挙して任じていたのだそうですよ。
そこで、殿上人たちのなかで、「自分こそが次の蔵人頭に違いない」と思っていた方が、今宵任命があると聞いて参内してきました。
そして宮中のとある場所で行成さまとばったり顔をあわせたのです。
「そなたは誰だ?」
不審に思いながらその方が尋ねると、行成さまは名前を名乗って言いました。
「蔵人頭に任じていただきましたので、参内したのでございますよ」
その行成さまの言葉に相手の方は茫然自失、そのまま身動きもせず立ち尽くしていたとか。
たしかに思いもよらぬ人事でしたから当然でしょうね。



 行成さまは俊賢さまが自分を推挙してくれたことを良くご存知でした。
行成さまが従二位なった時でしたかね、行成さまの位が俊賢さまを越えたのですよ。
けれど、行成さまは決して俊賢さまの上座に座らなかったのです。
俊賢さまが出仕する日は、ご自分は病欠の届けを出し、どうしても一緒に出仕しなければならない日には向かい合わせの席に座りました。
 その後、俊賢さまが正二位に昇ると以前のように行成さまの身分が俊賢さまよりも下になったので、そのような気遣いがいらなくなりました。



 それにしても、この伊尹さまの一族は蔵人頭をめぐる争いで代々敵をつくってしまうようでしたので、はたして行成さまは何事もなく無事過ごすことができるのでしょうかね。

 ~~~~~~〈以下解説〉~~~~~~

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web拍手のお返事

あわわわ、コメント頂いていたのに今気が付いた…orz
すいません、すいません。
って事で、以下お返事です<(_ _)>

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2009年4月29日 (水)

真清田神社の舞楽神事

天気が良かったので行ってきました!

20090429masumida
尾張国一ノ宮の真清田神社
立派な神門、御社殿もとても立派です。
御祭神は天火明命、尾張氏のなどの祖先神です。

さて、肝心の舞楽神事ですが…
家を出たのが遅い&現地で一方通行のトラップに嵌りまくって
到着したときには一番見たかった神楽の桃豊舞は終わっており、
管絃が演奏されていました…(つД`)
この桃豊舞は真清田神社独自の神楽で巫女舞で、
裾をからげた袿(元々短く仕立ててるのかな?)に唐衣と裳を着けるという
ちょっと珍しい装束なんです。
(「真清田神社 桃豊舞」でGoogle検索すると写真載せてるサイトが
ヒットすると思いますので装束が気になる方はそちらでご覧下さい)
なので是が非でも見たかったのですが…
ら、、来年の楽しみに…orz

管絃は黄鐘調の西王楽破と越天楽。
管絃の演奏中にお参りを済ませ、御朱印帳を頂きました。

舞楽は振鉾・胡蝶・蘭陵王でした。
以下写真多めなので折りたたみます~

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2009年4月27日 (月)

『枕草子』について

七段 上に候ふ御猫は
四十七段 職の御曹司の西面の立蔀のもとにて
百二十七段 二月、宮の司に
百三十段 頭弁の職にまゐりたまひて
百三十一段 五月ばかり、月もなういと暗きに

藤原行成の登場する章段は全部UPしましたので、
『枕草子』の訳はひとまず終了です。

今更ながらの簡単『枕草子』説明(・◇・)b

作者:清原元輔女(ムスメ)の清少納言。

成立:跋文に従うなら996年頃に源経房により初稿版『枕草子』が流布。
   その後大幅に書き加えられて寛弘末(~1012)頃までに
   成立したと考えられている。

内容:約300の章段から成り立っており、
   類聚的章段・随筆的章段・回想(日記)的章段の
   三つに分類される。(曖昧なものもあり)

伝本:…メンドクサイ(おいぃ)
   四系統あります。詳細はググって下さい><;
   
拙訳は新潮日本古典集成『枕草子』と新編日本古典文学全集『枕草子』を主に、
日本古典文学全集『枕草子』(旧全集・表紙が赤)も少し参考にしています。

段数は新編全集に拠ってます。
お手持ちの枕草子と「章段の数違うんですけど?」って突っ込みは
無しでお願いいたします<(_ _)>

『枕草子』七段

上に候ふ御猫は

 主上のおそばにいる猫は五位に叙されていて、「命婦のおとど」って呼ばれているの。
とても可愛い子で、大切にされています。
その猫が縁側に出て寝っ転がっているので、世話係の馬の命婦って女房が
「まぁ、お行儀の悪い。中にお入りなさい」
と呼ぶのだけれど、
猫は日が射し込んでポカポカしている所にごろ~んと横になって動こうとしません。
馬の命婦は驚ろかせてやろうと思って
「翁まろ、どこなの?命婦のおとどに噛みついておやり」
などと言ったのです。
本気にしたおバカさんの翁まろ(犬)は、本当に猫に襲いかかったので、
猫は飛び上がると怯えうろたえて、御簾の中へ走り込みました。
ちょうど主上が朝餉の間にお出ましになっていた時で、
この様子を御覧になってビックリなさいます。
主上は猫をご自分の懐に避難させると、殿上の男たちをお呼びになりました。
蔵人の忠隆が参上します。
「この翁まろを打ちすえて、犬島へ流してしまえ!早く!」
主上がそう仰せになるので、
男たちは寄ってたかって翁まろを追い立て大騒ぎとなったの。
主上は馬の命婦もお責めになります。
「世話係はかえる。彼女では心配だ」
怒っておいでなので、馬の命婦は畏れ入って御前にすら出てきません。
犬は狩り立てられて、滝口の武士たちに追放されてしまいました。
「あらあら、今までは得意になって御所中を歩き回っていたのに。三月三日には頭弁の藤原行成さまが柳のかづらを頭にのせて、桃の花を挿頭にして、桜を腰に挿したりして飾り立てて歩かせなさっていたのにね。あの頃はこんな目にあおうとは思っていなかったでしょうに……」
などなど、女房たちは気の毒がっています。
「中宮さまがお食事の時は、必ず御前にいたのに、いないのはなんだか淋しいわね」
そんな事を言い合ったりして、三・四日ほどたった昼頃のこと。
犬がひどく鳴いているようなので、
一体どこの犬が、こうも長い間鳴き騒ぐのかしら?と思っていると、
他の犬たちが様子を見に走っていくの。
御厠人の下女が走ってきて
「あぁ、なんてことでしょう。犬を蔵人の方が二人がかりで打ちすえていらっしゃる。あれでは死んでしまいます。犬を流刑なさったのですが、帰ってきてしまったとの事で、こらしめておいでです」
可愛そうに……。あの翁まろなの。
「忠隆殿、実房殿などが打ちすえています」
そう言うので、止めに人をやるうちに、ようやく鳴き声がやみました。
「死んだので外に引きずって行って捨ててしまいましたよ」
などと言うので、不憫に思っていると、
夕方に、たいそう腫れあがった汚らしげな犬で、辛そうなのが、
ぶるぶる震えながら歩いています。
「翁まろなの?こんな犬がここにいるわけないものね」
「翁まろ」
呼びかけても、応えない。
「翁まろだわ」
「違うわよ」
女房たちが口々に言い合うので、中宮さまは
「右近なら見分けがつくでしょう。呼びなさい」
という事で、右近内侍が参上しました。
「この犬は翁まろかしら?」
そう仰って犬をお見せなさる。
「似てはおりますが…これはまた、とても酷いありまさで……。それに、普段なら『翁まろなの?』と言っただけで喜んでやって来ますのに。呼んでも私の所へ寄りつきもしません。違うようにも思います。翁まろは打ち殺して捨ててしまった、と申しておりました。二人がかりで打ちすえていたのに生きているのでしょうか」
などと申し上げるので、中宮さまは可哀想に思っておいでのようです。
暗くなり、何か食べさせようとしたけれど、口を付けないので、
別の犬だという事で終わってしまいました。

 その翌朝、中宮さまは御髪をとかし、お手洗いの水などをお使いになっていて、
鏡を私に持たせなさって、御髪の様子などを御覧になっていると、
あの犬が柱もとにうずくまっているのが見えます。
「あぁ、昨日翁まろをたいそう打ちすえてしまって……。おそらく死んでしまったのでしょうけど、可哀想に。一体次は何に生まれ変わるのかしら。どんなにか辛い気持ちだったでしょう……」
そう呟いていると、このうずくまっている犬がぶるぶる震えて涙をポロポロこぼしたの。
驚いたことに翁まろだったのです。
「昨日は隠れてじっとしていたのね」
可哀想であると同時に、とても興味深いわ。
鏡を置いて
「おまえは翁まろなのかい?」
私がそう言うと、伏せてたいそう鳴きます。
中宮さまも驚きながらもお笑いになっています。
右近内侍を召して、事情をお話になり、みんなも笑いながら大騒ぎしていると、
主上もお聞きになって、こちらへお出ましなさいました。
「ほう、驚いたことに犬などもこのような心があるものなのですね」
主上も笑っておいでです。
主上付きの女房たちもこの事を聞きつけ集まってきて、
翁まろに声をかけるのにも、今度は立ち上がって寄ってきます。
「やはり顔が腫れ上がっているわ。手当をさせてやりたいわ」
そう私が言うと
「とうとう、あなたが翁まろ贔屓だってことを白状したわね」
などと言って女房たちが笑うの。
忠隆が聞きつけて、台盤所の方からやってきます。
「翁まろが戻ってきたというのは本当ですか?本当かどうか見たく存じます」
「まぁいやだ。決してそんな犬はいませんわ」
また翁まろを打つに違いないと思って、そう言いやらせると
「お隠しになっても、見かけることもあるかもしれません。そうそう隠し通せるものでもないでしょうよ」
忠隆もしつこく食い下がってきます。

 さて、その後、翁まろはお咎めを赦されて以前のようにすごしております。
やはり人から可哀想に思われて、震えながら鳴いて姿を見せた時の事は、比べものがないほど興味深くまた感動させられる出来事でしたよ。人間などは人から言葉をかけられて泣くこともありますが、まさか犬が…ねぇ…… 

 ~~~~~~〈以下解説〉~~~~~~

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2009年4月26日 (日)

『御堂関白記』が!?

講談社学術文庫から『藤原道長「御堂関白記」上』 が
5/12に発売されるそうですよ!!

すいません、ネット彷徨ってて偶々見つけて・・・ちょっとコーフンしてます。

雅楽の事

ブログ更新しだしてから↑ネタ書いて無いことに今気が付いた(・◇・)

今の時期あちこちの社寺で舞楽がらみの神事等が催されていますのでご紹介。

四天王寺の聖霊会』     4/22   オ㍗る…orz
伊勢神宮春の神楽祭』   4/28~30
明治神宮の春の大祭』   4/29
真清田神社の舞楽神事』  4/29
熱田神宮の舞楽神事』   5/1
春日大社の菖蒲祭』      5/5

探せば他にもあるかも。

そういえば、
尾張国に住んでるのに一宮の真清田神社にお参りしたことが無い。。。
天気良かったら行ってみようかな。

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2009年4月25日 (土)

蔵書の確認はお早めに

リハビリがてら『王朝生活の基礎知識』を読んでた管理人です、こんばんは。
ビギナー向けと謳っているだけあって、
読みやすい&わかりやすくて、サクサク読めましたъ(`ー゜)
個人的に和歌の説明がツボでした。

あと、この本読んで『蜻蛉日記』が読みたくなりました。
実はまともに読んだこと無いのですよ!(←いばるな)
鬱入った主婦の書いた日記なんて読んでもつまらなそう…と
昔はスルーしていたのですが、
引用されてる現代語訳を読む限り結構面白そうじゃないですか~
やっぱ食わず嫌いはダメですね。
岡野玲子版『陰陽師』の兼家で脳内補完して読んだら無駄に楽しめそうですw

先日、講談社学術文庫『日本の歴史6 道長と宮廷社会』も買ったんですが、
昨日行成関係の資料取りに実家帰ったら、
ハードカバーの『日本のry』が本棚に刺さってた…

や~ら~か~し~た~(つД`)

買う時に、持ってたかも~とか一瞬悩んだんだけどねぇ…
やっぱり持ってたねぇ…
表紙が行成書の『白氏詩巻』だったから思わず買っちゃったんだ…orz

そんな昨日は妹とレッドクリフⅡを見に行ってきました。
以下、少し赤壁ネタ

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2009年4月22日 (水)

書店巡礼

人生(?)の遅れを取り戻す書店巡りもとうとう近場の本屋が尽きてまいりました。
残された道は名古屋に出るか、諦めてアマゾンで買うかの状態。
本屋に本(国史国文系の)が売ってない~><;
店舗面積だけは大型の書店が近所にちょこちょこ増えてますが、
品揃えの傾向がどこも同じで使えないyp

そんな苦しい書店巡礼の中、
日本史のコーナーが本棚二つ分以上ある本屋を発見!
うおぉおぉぉぉ、人物叢書が置いてあるよ!!
わーい『藤原道長 (人物叢書)』GET
他にもそっち系の本何冊か買ってホクホクで帰還(家計?何それオイシイノ?)
買いそびれた本たちよ、次回行くときまで返品されずに待ってておくれ!

そんなこんなで『京都時代MAP 平安京編』もGET
他サイトやブログで評判良かったので欲しかったのです。
平安時代の地図(というか平安京の碁盤の目)にトレーシングペーパーで
現在の地図を重ねられるというスグレモノ。
惜しむらくは、桃園が碁盤の目からチョット外れた北にあるためか、
載ってなかったって事。
あとやっぱり行成の三条邸は載っておらず……(つД`)

この本、地図のほかに平安時代を前中後期に分けて
時代背景の説明を図録風に掲載しているのですが、
内容自体は初心者向けで非常にライトな感じです。
まぁ、初心者に安倍晴明は平安前期の人です^^って
紹介しちゃっていいのか気になるところではありますが。
中期は何故か源氏物語ツアーになってましt
後期の院政期は自分バッチリ初心者なのでしっかり読ませてもらいます!!







中途半端に話は変わって、
そろそろ書道史関係の本にも手を出さなきゃいけないかしらんと思う今日この頃。

私、書に関してはからっきしというかもう絶望的にダメダメなんですよ。
なので、行成の書の…ぶっちゃけ何が素晴らしいのかよくわかってないんです。
(言っちゃった;;;
いあ、もちろん素敵だな~とか上手いな~とか欲しいな~ってのは思うんですけど、
それって自分ただ単に「大好きな行成さまv」が書いたからそう思ってるだけなんじゃないかと。
具体的にどういう理由で書の和様を大成した三蹟の一人として彼の書が挙げられるに至るのか、何故ああも当時の人たちからもてはやされているのか、客観的に見た彼の書の素晴らしさって一体何なのかがわからないんです○| ̄|_
(ちょ;ごめん;「オマエ行成ファン辞めろよ」とか言わないで( iдi )



って事で、本屋で書道史関係の本を見てみた。

A本…行成の事が2ページ弱で終わってた。
B本…筆さばきが如何に見事か具体的に説明していくうちに
   著者自身が行成の筆跡で興奮してるのが伺えてちょっとこの本欲しいと思った。
   でも行成の事は5ページぐらい。
C本…漫画で見る日本書道史といった感じ。
   行成のイラストが精神的ブラクラだったのでそっと棚に戻した。



B本の該当箇所をコピーしたいと思いました!

ド素人にもわかりやすい書道史関連の良い本がありましたら教えてください<(_ _)>

2009年4月20日 (月)

予習中

春の京都御所一般公開は4/23~4/29でした…
先月末に京都行った際、一ヶ月ほど公開日勘違いして
御所も行きたいな~とか思ってましたが
行かなくて正解でした。

京都御所特別公開-宮内庁- 
今回は飛香舎(藤壺)も公開されるみたいですよ!

私は来月南紀で散財予定なので、
今回の京都御所一般公開は見送りです。
見に行く方是非是非レポって下さい<(_ _)>



で、その南紀行き、
先日の日記で三重の榊原温泉に一泊して^^vとか書きましたが、
榊原泊は無しになりました。。
抜けられない用事があるのをド忘れして予定組んでいたのが発覚し
急遽日程変更したら宿が空いてなかったという罠;;
榊原温泉が行成入ったかも温泉だったら涙目になるところでした…よかった(←?)


結局南紀で二泊の予定。
テキト-に宿二箇所取ったので、どういうルートで見て周るか頭悩ませ中。
4年ほど前にも熊野三社参拝した事がありますが、
あの時は行き当たりばったりでろくに下調べ無しで非常にもったいない事をしました。
現地で買ったガイド本見つつ三社以外にも行きましたが、
何処へ行ったかすら覚えてねぇ…


熊野に関する知識
・世界遺産になった!
・院政期の上皇が何十回も参詣した。
・蟻の熊野詣って言われるほど流行ってた。
・那智の滝はエロイ


…流石にこの程度の知識でまた行くのは無意味すぎる。。


つーことで↑で予習中。
ブームに先駆けて藤原隆家が二回も参詣していて驚きです(知らなかった…orz)

2009年4月19日 (日)

『枕草子』百三十一段

五月ばかり、月もなういと暗きに


 五月ごろの月もなくとても暗い夜、男の方々が
「どなたか女房は詰めておいでですか?」
などと騒いでいるので、中宮さまが気に止めなさり
「出てみなさい、いつになく言い立てているのは誰なのです?」
そう仰せになるので、私は部屋の端まで出ました。
「一体誰ですか?ずいぶん騒々しく大声をお出しになる方は」
男の方は何も言わずに、御簾を持ち上げて、下からゴソゴソっと何かを差し入れてくの。
呉竹なんだわ。
思わず
「あら、『この君』だったのね」
そう口にすると、男の方たちは
「さぁさぁ、まずはこの事について殿上に戻って語り合おう」
などと言いながら、式部卿宮さまの御子息の源中将頼定さまや六位蔵人など、
そこにいた人たちは向こうへ行ってしまいました。
頭弁の行成さまはこの場にお残りになって
「なんだか連中、妙な具合で帰ってしまったみたいだな。あのね、実は清涼殿の御前の竹を折って歌でも詠もうとしていたのだけれど、どうせなら職の御曹司へ参って、中宮さまの女房たちを呼び出して詠まないか?ってことになって持って来たんだよ。なのに貴女に呉竹の名をいとも簡単に言われて退散しちゃったのは、ちょっと気の毒だね。貴女は一体誰の教えを受けて普通の人は知っていそうもない事を、そうもあっさり言うのかな?」
「竹の名だなんて知りませんでしたのに、失礼な女だとでも、皆様お思いになったのでしょう」
「…そうだね、貴女は知らないよね」

 事務的な用件なんかも一緒に座り込んで話し合っていますと、
「栽ゑてこの君と称す~♪」
と殿上人たちが藤原篤茂の詩を吟誦しながら、また集まってきました。
行成さまが
「殿上の間で皆で話し合って決めた目的も果たさずに、どうしてお帰りになってしまったのかと不思議に思っておりましたよ」
と言いますと、頼定さまは
「ああ言われては、どんな返事をしたらいいというのか?下手な対応ではかえってブザマだよ。殿上でもこの事でもちきりなんだ。主上もお聞きになって面白がっておいででした」
そう話して下さいます。
行成さまも一緒に藤原篤茂の詩を何度も何度も吟誦なさって実に風流な雰囲気でしたので、他の女房たちもそれぞれ端近に出てきて殿上人たちと夜通し語り合っています。
帰るときになっても、殿上人たちはまた同じ詩を声を合わせて吟誦して、
左衛門の陣に入ってしまうまでその声が聞こえたのよ。

 翌朝とても早い時間、
少納言の命婦という主上付きの女房が主上の御手紙を中宮さまに差し上げたときに、
昨日のことを中宮さまに申し上げたらしいの。
中宮さまは、局に下がっていた私をお召しになります。
「そんな事があったの?」
「存じません。何の事だか知らずにおりましたのを、行成の朝臣がうまくおっしゃったのではないでしょうか?」
「うまく言う、とはいっても…ねぇ」
中宮さまはそうおっしゃると、にっこりと微笑みなさいました。



 中宮さまは、お仕えする女房の誰の事であっても、
殿上人が褒めていましたよ、といった事をお聞きになると、
そう評判される女房のことを自分のことのようにお喜びなさるの。
本当に素晴らしい事ですわ。


  ~~~~~~〈以下解説〉~~~~~~

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2009年4月18日 (土)

好きな歴史人物

コネタマ参加中: 歴史上の人物、誰が好き?

このお題は参加せねばなるまい!って事で、藤原行成 (´・ω・`)b
他に日本史上からは安倍晴明・藤原不比等、三国志から司馬懿。

行成はブログで扱ってるから置いといて…

安倍晴明は数年前のブームで一躍有名になりましたねぇ(遠い目
一応ブーム前から好きでした!と主張しておくw
平安時代の稀代の陰陽師。
伝説が多すぎてなかなか実像がつかみにくい御仁です。
行成の日記『権記』に晩年の晴明が登場してて興味深いです。



藤原不比等は飛鳥時代末~奈良時代初期に活躍した大政治家。
後の藤原氏大繁栄の礎を築いた人。
不比等の事を手っ取り早く知りたかったら『眉月の誓』って漫画がおススメ。


ほぼ私のイメージ通りの不比等です(*´Д`*)



司馬懿、字は仲達。
諸葛孔明の永遠のライバル…ですかね?w
三国無双Ⅱってゲームで興味持ちました。
ええもう羽扇からビームが出せる凄い御方だと認識しております(・◇・)
あ、一応演義と正史の司馬懿もチェック済みです^^;
妻の春華がらみのネタとか、晩年のボケ老人の振りとか
面白エピソードが結構あって興味深いのです。

2009年4月17日 (金)

実資さんちの家庭の事情

『かぐや姫の結婚』読み終わり~

藤原実資の愛娘千古の生涯を通して、
平安貴族の姫君の実態をかいま見る事ができる、
とても興味深い一冊で、面白かったです。

えーっと、つまり…

実資は親バカでちょっと耄碌気味
千古はお祭り見物大好きっ娘
斉信は呪詛&策謀の使い手
俊賢は反実資派の急先鋒
行成は間が悪い

,

,

………やだ、なにこれヽ(゜ー゜;)ノ

.

.

.

あ、
行成は長家との縁談の所で出てくるんですが、
自分のバカさ加減が露呈してワロタ。
今は亡きサイトに行成と実資は長家の婿取り合戦を繰り広げ…
とか書いた記憶があるのですが、
繰り広がる前に終わってた(´・ω・`)
サイト消えててヨカッター
やっぱ、きちんと調べずに妄想だけでテキトーな事を書くのは危険ですね、
ちょっぴり反省。

2009年4月15日 (水)

ぎゃー

アマゾン彷徨ってたら、恩師&先輩の本を見つけてしまったヽ(゜ー゜;)ノ
ちと備忘のためにブログに載せとこう…

むぅ、源氏物語かぁ…、ですよね、源氏ですよね、そうですよね…○| ̄|_
他の(行成がらみで)欲しい本とかイロイロ…落ち着いたら売り上げに貢献しますね;;

すごくどうでもいい事ですけどタイトル、
地味にオヤジギャクが光ってますよね…(´ー`)

2009年4月14日 (火)

装束の本

平安時代から遠ざかっていた4~5年の穴を埋めに必死こいてる管理人ですこんにちは。
まぁこのブランク、家庭もって生活環境が変わったのが原因、、ではなくて
ぶっちゃけ某ネトゲにはまってたからなんですけどねアハハハハ・・・
最近私の興味が平安に戻ってネトゲの方のログインが減ったため
ちとダンナさんは不満そうでs
って、廃夫婦の事はどうでもいいんです。

ネットの海を彷徨ってあんな本やこんな本が出ている事を知ってアタフタしながら
何を今更って本を今更ながらに読んでます・・・;;

そんなわけで、、、いろんな意味で今更^^;ですが、
『素晴らしい装束の世界』をゲッツ(σ´Д`)σ
装束研究サイトの大御所(つかココの主催者さんてその筋の御方ですよね??)
綺陽会さんが出してるだけあって内容の充実ぶりは推して知るべし、
情報量は非常に多いです。
情報多すぎて、平安中期(摂関期)の装束がピンポイントに知りたいんです!って場合にはちと混乱するかもしれません…(そんなアフォは私だけですk)
全ページフルカラーでかさねの色目や有職文様、
流鏑馬装束や行司装束・今の神職の装束(女性神職も!)まで載ってます。
惜しむらくは巫女装束がn(ry

ただ、思ったより装束の写真が少ない&小さい、ポーズも基本的な立ち姿のみで残念、
絵巻ベースのイラストやオリジナルのイラストでその辺補ってましたけど、
あれ全部写真で再現してくれてたら神なのになと思った春の日の夕べでしt。

2009年4月11日 (土)

『枕草子』百三十段

頭弁の職にまゐりたまひて

  頭弁藤原行成さまが職の御曹司へ参られたのでお話などをしていたら、
夜がすっかり更けてしまいましたわ。
「明日、主上の御物忌だから殿上に詰めなくてはいけないんだ。丑の刻を過ぎると日が変わって具合が悪いだろうから…」
行成さまはそう言うと参内なさってしまったの。

 翌朝、行成さまは蔵人所で使っている紙屋紙を重ねて手紙を贈ってきました。

.

   今日は心残りに思うことがたくさんあるような気がする。
   夜通しで、昔の事なども話したりして夜を明かそうと思っていたのに、
   鶏の声に急き立てられてさ

,

 などなどと、たくさんの事が書かれているその手紙の字の素晴らしさったら…
お返事に、
「夜遅くに鳴いたという鶏の声って、孟嘗君のアレでしょうか?」
って差し上げたら、折り返し
「孟嘗君の鶏は函谷関の門を開き、三千の食客がなんとか逃げおおせたって何かの本にあったけれど、僕が言っているのは逢坂の関のことだよ」
そんなご返事が返ってきたの。

,

   夜をこめて鶏のそら音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ

     しっかりした関守がいますからね。

,

こう書いて、差し上げたのよ。
そうしたら、またまた折り返し、

,

   逢坂は人越えやすき関なれば鶏鳴かぬにもあけて待つとか

,

そう書かれた手紙が返ってきました。
最初に来た手紙は、僧都の君が土下座までして持っていってしまったの。
二通目の手紙は中宮さまのところに。
ところで、「逢坂は……」の歌のほうは行成さまのあまりの詠みっぷりに呆気にとられちゃって返歌せずじまいになってしまったのよ。
ホント酷いわ。

,

「貴女のあの手紙はね、殿上人たちもみんな見てしまったのだよ」
行成さまがいらっしゃって、そうおっしゃるので
「行成さまって本当に私のことを思って下さるのね。今の一言でわかりましたわ。せっかくの出来のいい和歌も人々の間に広まらないのってつまらないですもの。でも逆にみっともない和歌が人目につくのって嫌なことですから、行成さまのあの和歌は一生懸命隠して絶対に人に見せたりしませんわ。こういう私と行成さまの心配りのほどをくらべたら、勝るとも劣らないでしょ?」
「ホント、貴女ってそんなふうに事の真意を見透かして言ったりする点なんて、さすがその辺の人たちとは違うよね。何も考えず見せびらかしたりして最低と、その辺の女性のように文句言われちゃうのかなって心配していたんだよ」
などとおっしゃって、行成さまは笑いなさる。
「まさかとんでもない。私はお礼をこそ申し上げたいくらいですのに」
「僕の手紙を隠してくれたってのは本当にとても嬉しいよ。もしあの歌が人目に触れでもしたら、どんなに恥ずかしく辛いことになっただろう。今後も貴女のその分別の良さを頼みにしてるからね」

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 その後、経房の中将さまがおいでになって、
「頭弁が貴女の事をたいそう褒めていたという事を知ってるかい?先日、彼からもらった手紙に書いてあったのだよ。私が想っている人が誰かに褒められるのって本当に嬉しいね」
などと、生真面目な様子で言うんですもの、面白いわ。
「嬉しいことが二つ重なりましたわ。行成さまが私のことを褒めて下さった事もそうですし、さらに経房さまの想い人の中に私が入っていたんですもの」
「そんなことを珍しく今はじめて知ったみたいにして喜ぶんだね」
そう経房さまはおっしゃいました。

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 ~~~~~~〈解説〉~~~~~~

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2009年4月 9日 (木)

貴族のいめーじ?

先日ウチの小さな本棚漁ってたら、
ゲームの攻略本にまぎれて↓が出てきた…。

あれ?…読んだ記憶がないのだが?
目次を見れば「夜も眠れないほどに悩む権大納言(←行成のこと)」だなんて
明らかにこの本買った動機となったであろう小見出しがあるのにね(´・ω・`)

ざっと見返した感じ、
受領クラスの中流貴族のやらかした不正・横領・殺人が主で、
そのへんの階級に興味ナシの私は、
飽きて読むのを中断した挙句本の存在を忘れてしまった模様…

とりあえず行成がメインの四章だけは読んだ。
息子の任国先で起きた殺人事件の真相を知って、
困惑のあまり夜も眠れないほど悩んだあげく、
実資に泣きついた行成…(*´Д`*)b
…この事件は他の本や論文で知ってたはずなんですけどね、
妙に新鮮な気持ちで楽しめ(?)ました。

で、繁田氏の『殴り合う貴族たち』『王朝貴族の悪だくみ』と読んでて、
(王朝貴族は全部読んでないけど…)
行成ってば、氏が打破しようと試みている「優雅な平安貴族のイメージ」
という型に見事に嵌ってるなぁと思ったわけですよ。
少なくとも私の持つ「優雅な平安貴族のいめーじ^^v」には相違ない罠。
氏曰く体面気にする&自己保身優先主義なトコロとか。
(体面はともかく、自己保身優先主義ってのはちと異論あるけど…)
(息子含む)受領層やその下の地方豪族の横暴や狡い企てに巻き込まれて
夜も眠れなくなるほど悩んでみたりとか。
某上流貴族の馬鹿息子の従者に絡まれて><;ってなってたりとか。。。
むかつく相手には直接暴力じゃなくて扇&息子を使って陰険に攻めるとk
(↑優雅ないめーじ?)

これはちょいと前に読んだのですが、面白かったです。
んで、あらためて文庫版のあとがき読んでワロタ。
『王朝貴族の~』のあとがきから『殴り合う~』の文庫版のあとがきを書くまでの
一年の間に一体何があったのでしょうか…w

んで、今『かぐや姫の結婚』を読み中。
題名見て『竹取物語』のかぐや姫だと思い込んで今までスルーしてた。
帯に実資って書いてあるのにね、、
行成じゃないと反応しない私の目\(^O^)/

『枕草子』百二十七段

二月、宮の司に

 二月、太政官の役所で定考とかいう事をするのだそうです。一体どんなことなのかしら?孔子の絵などを掛けたりするらしいのだけど。
聡明とかいって、主上や中宮さまにも、なんだか気持ちの悪いものを土器に盛りつけて差し上げるんです。

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 頭弁藤原行成さまのもとから、主殿寮の役人が、絵巻物のようなものを白い紙に包んで、さらに見事に咲いている梅の花を添えて持って来たのよ。
絵なのかしら?と思って、急いで手にとって開けてみると、餅餤(へいだん)という餅菓子のようなものが二つ並べて包んであるのです。
添えてあった手紙は公式文書のようになっています。

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   進上           (しんじょう)
   餅餤一包        (へいだんひとつつみ)
   仍例進上如件     (れいによってしんじょうくだんのごとし) 
   別当少納言殿      (べっとうしょうなごんどの)

       長保元年二月×日        美麻那成行

       この男は自分自身でこの手紙を持って参ろうと
       思ったのですが、明るい昼間は醜い容貌が恥ずかしい
       からと、参上せずにいるようです。

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 実に見事な字で書いてあるのよ。
中宮さまのもとに参上して、ご覧に入れると
「本当に立派な筆跡だこと。それにしても、面白いことを書いていますね」
そう行成さまの字をお褒めになると、手紙は手元にお召し上げなさいました。
「こういった場合、返事はどうしたら良いのかしら?この、餅餤を持って来た者には何かねぎらいの物を渡すべきなのかしら?誰か知っている者がいたらいいのに……」
などとブツブツ言っていると、中宮さまが
「惟仲の声がしていたわ。呼んで聞いてごらんなさい?」
そうおっしゃってくださいました。
さっそく私は部屋の端まで出て
「左大弁さまに申し上げます」
人づてに呼ばせると、中宮さまのお召しだと思ったのか、惟仲さまはびしっと威儀を正しておいでになりました。
「ごめんなさい。私が用があってお呼びしたのです。ひょっとして、弁官や少納言などのもとにこういった物を持ってくる使いの者には、何かねぎらいの物を与えたりするのでしょうか?」
「いや、そういうことはしません。ただ受け取って食べるだけです。しかし、どうしてそのよう

な事をお尋ねになるのです?もしや太政官のどなたかから、贈られてきたのですか?」
「まさか……」
別に行成さまの事を言う必要もないので軽く流しておいて、返事は真っ赤な薄様の紙に書きました。

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   自分で持ってこないしもべは、冷淡な奴ね、と思われてしまいますよ

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 綺麗な紅梅の枝に結んで届けさせました。
するとすぐに、
「しもべが参りました、しもべが参りましたよ~」
そんな声がしたので、部屋の端に出ていくと、行成さま御自身がおいでになっています。
「ああいった贈り物には、適当に歌でも詠んで返事をなさるなかな?なんて思っていたのに、ビックリしたよ。実に見事に言ってのけたね。女の人で、ちょっとばかり歌に自身のある人なんかは、すぐに歌詠みぶるのにさ。貴女はそんなことしないから付き合いやすいよ。僕なんかに和歌を詠みかける人のほうが、かえって考えなしだろうよ」
「それじゃあ、まるで則光ですわ」

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 二人で笑い話にして終わったこの事に関して、
「主上の御前に多くの人が伺候していた時にね、行成さまがお話なさったので、『餅餤に冷淡とはうまく返したものだ』と主上がおっしゃっていましたよ」
ってな事を後から人が私に話してくれたんだけど、ちょっと聞き苦しい自慢話かしらね。

 ~~~~~~〈以下解説〉~~~~~~

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2009年4月 2日 (木)

湯は・・・

5月に南紀の方に行こうと画策中です。

仕事終わってからの夕方発なので一気に行くのはキツイよね、ってことで
途中三重のどっかで一泊する事に。

伊勢で神宮に早朝参拝するのも良いな~と思ったけれど、
今回は君に決めた!

榊原温泉

能因本系『枕草子』の「湯は~」の段で「ななくりの湯」として登場する、
清少納言おすすめの温泉で、一度行ってみたいと思ってました。
ちなみに長野の「別所温泉」も「ななくりの湯」といわれており、
こちらを指すという説もあります。


んで、榊原温泉についてネットで調べてたんですが、
その歴史は大変古く、既に平安時代には出湯として整備されていたとか。
江戸時代の伊勢詣でブームの際には、参詣前の斎戒沐浴の湯治場として
大繁盛していたそうです。

む・・・

・・・・・あれ?

そういえばさ・・・・・・
行成さま、勅使として伊勢に行ったときに
途中どっかで湯浴みだか湯ごりだか沐浴だかしてなかったっけ?

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『権紀』 寛弘二年  十二月
   十六日、庚寅、
自飯高著阿濃、宮本所儲借屋饗饌、今日不令用供給、但用夫馬、
有雨氣、令定輔祈申、應祈霽、今夜沐浴、

神宮からの帰り道に、安濃で一泊した際に沐浴してます。
伊勢往復中の十二月十日~十八日の記事の中で、
神宮へ行く途中途中の河原で祓したって記事はありますが、
沐浴とあるのはココだけです。
安濃…榊原温泉があるところよりちょっと北の方なんですよね…orz
これはどうもフツーに沐浴しただけっぽい。。
行成さまも榊原温泉入ったんじゃ!?的な妄想はあっという間に終了。
お役目とはいえ、せっかく伊勢まで行ったんだから
帰りに有名な温泉ぐらい寄っていこうよ~(´・ω・`)

2009年4月 1日 (水)

風俗博物館の写真

説明書いてたらめんどくさくなってきたのでUPしちゃいます。。
風俗博物館 2009年3月
気が向いたらこそこそ追記するかも?

構図とか酷い事になってますが、
資料集めの一環として写真撮ってますので平にご容赦を。
っても最近とんとイラスト描いてませんけどね(;´ρ`)

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