『大鏡』第三 伊尹伝より
行成ネタその壱 蔵人頭になるの巻
義孝の少将さまが桃園の源中納言保光卿の姫君と結婚してできた御子がね、今の侍従大納言行成卿、あの天下の能書家と名高い方ですよ。
行成さまの男のお子様達の中で、今の但馬守実経さまと尾張守良経さまの二人は源泰清の三位さまの姫君(姉君)が産みました。
正妻(妹君)の子は少将行経さまです。
姫君は、藤原道長さまの子で高松殿腹の権中納言長家さまの北の方でしたが、亡くなってしまいましたよね。
あと、姉君腹の中の君は今の丹波守源経頼さまの北の方になっています。
他に長女の大姫さまがいるとか。
この行成さまこそが、備後介でまだ地下人で昇殿もできぬ身分だったのに、一挙に蔵人頭になった方なのです。
こういった例は非常に珍しいことですよね。
その当時、源民部卿俊賢さまが蔵人頭でしたが、参議に昇進する予定だったので一条天皇は俊賢さまに
「そなたの後任は誰が適当であろう?」
そうお尋ねになりました。
「行成こそが私の後任にふさわしい者でございましょう」
俊賢さまが申し上げると、主上は少しためらっているご様子。
「行成は地下人だ。地下の者を蔵人頭にするのは……」
「主上、あの者は実に貴重な人物でございます。地下人だからといって気になさる必要はございません。末永く主上の側近く仕えるのに充分力量のある者でございます。あのような優れた人材を登用しないのは世の為にも良くないことです。君主たる御方が物事の道理をわきまえていらっしゃればこそ、人々も心を尽くして主上にお仕え申し上げるのです。この機会に彼の者を蔵人頭になさらないのなら、多大な損失となりましょうぞ」
そう言って俊賢さまが推挙なさいましたので、まぁ当然の結果とはいえ行成さまが蔵人頭になりました。
なんでも、昔は前任の蔵人頭が後任を推挙して任じていたのだそうですよ。
そこで、殿上人たちのなかで、「自分こそが次の蔵人頭に違いない」と思っていた方が、今宵任命があると聞いて参内してきました。
そして宮中のとある場所で行成さまとばったり顔をあわせたのです。
「そなたは誰だ?」
不審に思いながらその方が尋ねると、行成さまは名前を名乗って言いました。
「蔵人頭に任じていただきましたので、参内したのでございますよ」
その行成さまの言葉に相手の方は茫然自失、そのまま身動きもせず立ち尽くしていたとか。
たしかに思いもよらぬ人事でしたから当然でしょうね。
行成さまは俊賢さまが自分を推挙してくれたことを良くご存知でした。
行成さまが従二位なった時でしたかね、行成さまの位が俊賢さまを越えたのですよ。
けれど、行成さまは決して俊賢さまの上座に座らなかったのです。
俊賢さまが出仕する日は、ご自分は病欠の届けを出し、どうしても一緒に出仕しなければならない日には向かい合わせの席に座りました。
その後、俊賢さまが正二位に昇ると以前のように行成さまの身分が俊賢さまよりも下になったので、そのような気遣いがいらなくなりました。
それにしても、この伊尹さまの一族は蔵人頭をめぐる争いで代々敵をつくってしまうようでしたので、はたして行成さまは何事もなく無事過ごすことができるのでしょうかね。
~~~~~~〈以下解説〉~~~~~~







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