職の御曹司の西面の立蔀のもとにて
職の御曹司の西側にある立蔀のそばで、頭弁藤原行成さまが立ったまま、どなたかとずいぶんと長く話をしていました。
私は気になったので御簾の近くまで出て
「そこにいるのはどなた?」
そう言うと、
「弁がいるのですよ」
と行成さまが答えたの。
「何をそんなに話し込んでいらっしゃるのかしら?お相手の方は、きっと大弁さまがおいでになったら、中弁の貴方なんてほっぽり出してしまうでしょうよ」
って私が言うと、行成さまはとてもお笑いになって、
「誰がそんな事まで貴女に吹き込んだのかなぁ。僕はね彼女に、そんなつれない事はしないでおくれよって言い聞かせていたんだよ」
行成さまは特に目立ったり評判になるようにとワザと風流ぶった振る舞いをすることはなくありのままにしていらっしゃるのだけれど、他の女房達はそんな行成さまの表面だけを見て『大したことのない人ね』なんて思っているの。
でもね、私は彼の心の奥ゆかしさを知っているから、
「あの方は並々ならぬお方ですわ」
などと中宮さまに申し上げると、中宮さまもその点はきちんとご存じのようです。
行成さまったらいつも、
「『女は自分を愛する者のために化粧をする。男は己を理解する者のために死ぬ』って昔の人も言っただろ?」
といったふうに言って下さるの。
私の事を理解してくれているのよね。
「『遠江の浜柳』のような仲でいよう」
そう二人で約束しているんです。
最近の若い女房達は平気で欠点などを歯に衣着せずに言うのよね。
行成さまのことも
「行成さまって近寄り難い方だわ。他の方のように和歌などを詠んで場を盛り上げようともなさらないんだから、つまらない人」
などと非難したりするの。
行成さまは、そういう事を耳にしても、やっぱり女房達に話しかけたりするようなことはなくて、
「僕はね、目が縦にくっついていようが、眉毛がゲジゲジだろうが、鼻がまがっていようが、ただ口元に愛敬があって、あごの下や首がすっきりときれいで、声の優しい人が好きになれそうだよ。とは言ってもあまりに酷いブスは嫌だけど…」
だなんていつも言うものだから、尚更あごの細い人や愛敬のあまりないような女房達は行成さまを目の敵にして、中宮さまにまで悪く申し上げたりしています。
行成さまったら何か中宮さまに用事がある時でも、私が一番始めに彼を取り次いだからってことなのか、わざわざ私を捜し出し、私が局に下がっているときは呼び出したり御自分で局の方までやってきて用件を言うの。
私が実家に帰っていると、手紙を書いてよこしたり、わざわざ私の家にやってきて、
「今すぐ中宮さまのもとへ参上しないって言うのなら、誰か使いの者にでも『行成がこう申しております』って言ってもらうようにしてよ」
などとおっしゃるの。
「別に私じゃなくたって…中宮さまの所には他にも女房が詰めているでしょう?そちらの方に頼んだら?」
そう言って辞退しても、行成さまったら聞き入れてくださらないのよね。
「あのですねぇ、何事もあり合わせのもので用を足し、こだわりすぎず、その場その場に応じてやっていくのが良いって聞いているんですけれど?」
なんて忠告めいた事を言ってみたりするけれど、
「これが僕の性格だからね…性格なんてそうそう改まったりしないしさ」
とか言って開き直っているの。
「じゃぁ、『改むるに憚ることなかれ』って故事は一体何の事を言っているのかしらね?」
私が首をかしげてみせると、行成さまは笑いながら
「ねぇ、それよりも僕と貴女の仲が良いだなんて人に噂されてるじゃないか。まぁ実際こうやって親しく話をしているわけだから、別にもう恥ずかしがる事なんてないだろ?顔をさぁ、見せてくれないかな?」
ちゃっかり話をそらしてしまうんだから。
「でも、私ブスですわよ。以前『ブスは嫌い』っておっしゃってたでしょ?だから、お見せしません」
「…そうか、そんなに酷いなら貴女のことを嫌いになるかもな。だったら見せてくれなくていいよ」
行成さまはそう言うと何かの拍子で私の顔が見えそうになっても、扇や袖で顔を隠したりして、本当に見ようとなさらないの。
行成さまってホント、律儀って言うか真面目って言うか…
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三月も末になればずいぶんと暖かくなってきて冬の直衣じゃ暑いのでしょうね、下襲は着ないで袍だけの姿だったりで殿上人の宿直姿もよく見かける、とある早朝のこと。
その朝は日が昇っても式部のおもとと一緒に小廂の間で寝ていたんだけど、奥の引き戸をお開けになって主上と中宮さまがお出ましになったのよ。
もうビックリしちゃって焦って起きるに起きられずあたふたしている私達を御覧になって、お二人はとってもお笑いになるの。
唐衣をとりあえず汗衫の上に引っ被って夜具の中に埋もれたようになっている私達の側までいらっしゃって、門を出たり入ったりしている者達の様子などを御覧になっています。
殿上人達が主上がこんな所にお出ましになっているって事に全く気付かず、私達の側まで来てあれこれ言うのを主上は面白がって、
「私達がここにいるということを悟らせないようにね」
などとおっしゃって笑っておられます。
そして、お立ちあそばされる時、
「さぁ、二人ともこちらへおいで」
主上はそうおっしゃって下さるけれど、
「きちんと化粧をして身なりを整えましてから…」
そう申し上げて、私達はその場にとどまりました。
お二人が奥へ入ってしまわれた後、式部のおもとと、お二人の素晴らしい様子なんかを話して盛り上がっていたのだけど、南の引き戸の側の几帳が御簾を少し押し開けているのに気が付いたの。
そこに黒い人影のようなものが見えたのです。
きっと則隆が控えているのね、と思って気にも止めずにいたのよ。
式部のおもとと話を弾ませていると、たいそうご機嫌な笑顔がひょっこり御簾内に差し込まれたの。
「もう、則隆なんでしょ?」
そう言いながらそっちの方を見ると予想外の顔。
きゃぁきゃぁ大騒ぎをして几帳を引っ張って隠れるには隠れたけれど、なんとそこには行成さまが座っていたのよ。絶対に顔を見られないようにしようって思っていたのにくやしいわ。
一緒にいた式部のおもとは私の方を向いていて行成さまには背を向けていたから、顔は見られていません。
行成さまは立ち上がって御簾の中に入ってきます。
「もう、ばっちり!あますところなく見ちゃったからね」
「則隆だろうって思っていたので油断してしまいましたわ。でも、見たくないって言ってたじゃないですか。そんなにじっくり見ないで下さい」
「女の人の寝起きの顔はそうそう見られないって言うじゃない?ある人の局に行って覗き見して来たのだけれど、もう一人ぐらい見られないかなぁって。主上がいらっしゃった時からここにいたんだよ。、その様子だと全く気が付いていなかったみたいだね」
その日から行成さまは私の所に来た時は、御簾越しではなく局の中に入ってくるようになったのでした。
~~~~~~〈以下解説〉~~~~~~
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